「竹や木の箸なら使えるのに、金属になると何をつかんでも滑り落ちてしまう。」
海外掲示板Redditで、韓国の金属箸についてこんな疑問が投稿されました。
Metal chopsticks
by u/Waterswirls56 in KoreanFood
投稿者は木や竹、プラスチックの箸なら問題なく使えるそうですが、韓国料理店などで出てくる金属製の箸だけは苦手。食べ物が滑るだけでなく、何度か歯に当ててしまったこともあるそうです。
そこで尋ねたのが、
「韓国ではなぜ金属の箸を使うのか。そして、うまく使うコツはあるのか?」
という質問でした。
コメント欄には「丈夫だから」「衛生的だから」「昔の王室が銀の箸を使っていたから」など、さまざまな理由が挙げられています。
ただ、金属箸の歴史を調べてみると、どうやら一つの理由だけで説明できるものではないようです。
「王室が毒を見破るために銀の箸を使った」?
まずコメント欄で出てきたのが、よく知られたこの説明です。
「理由はいくつかあると思う。百済では、毒を検知できると考えられていた銀の箸を王族が使っていた。今では金属の方が丈夫で、洗いやすく、衛生的だと考えられている。」
— u/MsAndooftheWoods
韓国の金属箸について調べると、「王族が毒を見破るために銀の箸を使った」という話を目にすることがあります。
実際、少なくとも朝鮮王朝の宮廷では銀製の箸も使われ、毒に反応すると考えられていたことは確認できます。
ただし、武寧王陵から出土した古い金属箸は青銅製で、「百済の王族が毒見のために銀箸を使った」というところまで同じ資料で確認できるわけではありません。
さらに、銀はあらゆる毒を検出できるわけでもありません。銀が変色するのは一部の物質と反応した場合で、「毒が入っていれば必ず色が変わる」という万能の毒見道具ではありませんでした。
そして、この話をそのまま「だから現在の韓国でも金属箸を使っている」と結びつけるのも単純すぎます。
韓国の箸の歴史は、もっと長いからです。
1500年前には、すでに青銅の箸があった
朝鮮半島南西部にあった古代国家・百済の武寧王の墓である武寧王陵からは、3本の青銅製の匙と、2組の青銅製の箸が出土しています。
武寧王は501年から523年まで百済を治めた王です。
つまり、朝鮮半島では、約1500年前にはすでに金属製の箸が存在していたことになります。
出土品を研究した論文では、一部は中国で作られた可能性があり、残るものは中国製の匙や箸を参考に百済で作られたと考えられています。
また、韓国国立中央博物館には高麗時代の青銅製の箸や、青銅製の匙と箸のセットも所蔵されています。
ここから分かるのは、「韓国の金属箸は朝鮮戦争後に突然生まれた」というわけではないということです。
スレッドには、
「金属箸が最初に使われたのは朝鮮戦争の後。すべてを建て直さなければならなかったとき、型抜きした金属製の箸を使うようになり、その流れが今まで続いた。」
— u/sicpsw
という説明もありました。
しかし、金属の箸そのものは、それより1000年以上前から確認されています。
では、朝鮮戦争後に何が変わったのでしょうか。
今の「平たいステンレス箸」は、ずっと新しい
ここで、古代の金属箸と、現在の韓国料理店でよく見る箸を分けて考える必要があります。
現在広く使われているのは、細く平たいステンレス製の箸です。
Korea JoongAng Dailyが2026年に韓国の金属箸の歴史を取材した記事では、現在につながる平たいステンレス箸が広がったのは1960年代とされています。
朝鮮戦争後の工業化が進み、韓国国内でステンレス製品が作られるようになった時期です。
さらに、現在よく見る平たい形について、韓国のステンレス製カトラリーメーカーの関係者は、金属板を切り抜いて大量生産するのに適していたと説明しています。
つまり、古代から使われてきた青銅や銀などの金属箸と、20世紀に大量生産されるようになったステンレス箸では、同じ「金属箸」でも背景が少し違います。
王室の銀箸だけが形を変えずに現代まで受け継がれた、と考えるより、金属製の食器を使ってきた長い歴史の上に、近代の大量生産や生活の変化が重なったと考える方が自然です。
箸だけを見ると、少し分かりにくい
もう一つ重要なのが、韓国では箸だけで食事をするわけではないという点です。
韓国では、匙と箸を一組にした食器を「スジョ(수저)」と呼びます。
韓国学中央研究院の『韓国民族文化大百科事典』によると、朝鮮半島では三国時代にはすでに匙と箸を併用していました。
その後、中国や日本では匙の利用が少なくなっていった一方、韓国では匙と箸を一緒に使う習慣が定着していったとされています。
伝統的には、飯や汁物には匙を使い、おかずには箸を使います。
韓国の食卓を「箸一本ですべて食べる」と考えると、細く滑りやすい金属箸が余計に使いづらく見えるかもしれません。
スレッドにも、この点を指摘するコメントがありました。
「韓国の箸の方が細かく動かしやすいと思う。ただ、慣れるまで練習は必要だった。韓国料理では、ご飯やご飯料理は一緒に出てくるスプーンで食べるということも忘れないで。」
— u/KorukoruWaiporoporo
少なくとも伝統的な食べ方では、ご飯まで箸だけで何とかつかむ必要はないわけです。
箸は「おかずをつかむ道具」
匙と箸の役割分担を知ると、韓国の食卓が少し違って見えてきます。
韓国の食事では、ご飯や汁物と一緒に、複数のおかずが並ぶことがよくあります。
キムチ、ナムル、肉、魚、漬物など、形や食感の違うものを箸で少しずつ取ります。
韓国学中央研究院の資料でも、伝統的には匙が食事の中心で、箸はおかずを取るために使われてきたと説明されています。
また、Korea JoongAng Dailyの取材に答えた韓国のカトラリーメーカーの代表は、現在も金属箸が使われている背景として、さまざまな形や食感のおかずを細かくつかむ食文化との相性を挙げています。
これは「金属でなければ韓国料理を食べられない」という意味ではありません。
韓国でも木製の箸は使われています。
ただ、「なぜこの形が残ったのか」を考えるとき、素材だけを見るのではなく、匙と箸をどう使い分ける食卓なのかを見る必要がありそうです。
それでも「滑る」という感覚は間違っていなかった
では最初の投稿者が苦戦していたのは、単に箸の使い方が下手だったからなのでしょうか。
そうとも限りません。
韓国政府の海外向け情報サイトKorea.netに掲載された名誉記者による記事でも、韓国の金属箸は木や竹の箸より細く滑りやすく、最初は使いにくいため、より細かな手の動きが必要になると紹介されています。
スレッドでも意見は分かれました。
「最初は慣れたけど、丸や四角じゃなくて平たいのも変だと思ってた。でも使っているうちに、その形がむしろ好きになった。」
— u/tuckkeys
一方で、
「平たい金属の箸、大好き! 私は手が小さいから、細くて平たい形の方が手に合う。それに丸い箸より、平たい方が食べ物が滑り落ちにくい気がする。私だけかもしれないけど。」
— u/GlitteringCorgiMama
という人もいます。
投稿者とは、まったく逆です。
さらに、
「最初は金属箸に苦労したけど、慣れるまでそんなに時間はかからなかった。今では食洗機にそのまま入れられるから、家では金属箸しか使ってない。ただ、平たいものより丸い金属箸の方が今でも好き。持った感じが楽だし、業務用っぽさも少ないから。レストランが平たい箸を好むのは、転がっていかないからなのかな。」
— u/dr_p_venkman
という反応もありました。
「韓国人なら金属箸の方が使いやすい」という単純な話でもなさそうです。
丈夫で洗いやすいという、分かりやすい利点もある
歴史や食文化を抜きにしても、金属には単純な利点があります。
丈夫で繰り返し使えますし、食べ物の色や匂いが付きにくく、熱い湯でも洗いやすいという特徴があります。
スレッドでも、
「洗いやすい。長持ちする。衛生的。ささくれない。安い。手入れが楽。」
— u/AdExpert9840
と非常に簡潔にまとめた人がいました。
とくに多くの人が使う飲食店では、何度も洗浄して繰り返し使えることは分かりやすい利点です。
一方、「金属の味が気になる」「歯に当たる感触が嫌」という人もスレッドにはいました。
便利さと使い心地は、また別の話なのでしょう。
結局、なぜ韓国では金属箸なのか?
「韓国ではなぜ金属の箸を使うのか?」
最初の疑問に、一つだけの答えを付けるのは難しそうです。
朝鮮半島では1500年ほど前にはすでに青銅の箸が使われていました。
その後の朝鮮王朝の宮廷では銀を含むさまざまな素材の箸が使われ、銀には毒を見分けられるという考え方もありました。
一方、現在よく見る平たいステンレス箸が広がったのは、工業化が進んだ20世紀後半です。
さらに韓国では、匙と箸をセットで使い、ご飯や汁物とおかずで道具を使い分ける食卓文化があります。そこへ丈夫さや洗いやすさも加わっています。
こうして見てみると、「昔の王様が毒を恐れたから」という一つの物語だけでは、今の金属箸までは説明しきれません。
そして何より、あれほど滑るように感じる箸を、使い慣れた人は小さなおかずまで器用につかんでいます。
投稿者が尋ねた「何か秘密があるの?」という質問に対して、スレッドにはこんな回答もありました。
「秘密はあるよ。練習っていうんだ。悪いけど、近道はないね。」
— u/petname
結局、最後はそこなのかもしれませんね。
(最終更新日:2026年9月10日)
この記事に関連するおすすめ書籍
『[図説]韓国 食卓の文化史 食器、座り方から料理構成まで』
チュ・ヨンハ 著/金知子・高上由賀 訳/丁田隆 訳監修
韓国の食卓が現在の形になるまでを、豊富な史料からたどった一冊です。
本書では、食器や食事の姿勢、料理の並べ方など、韓国の食卓に見られるさまざまな特徴を扱っています。目次には「どうして匙と箸を一緒に使うのだろうか」という章もあり、今回の記事と直接つながるテーマです。
金属箸だけを単独で見るのではなく、なぜ韓国では匙と箸を組み合わせて使うのか、その食卓全体の歴史まで知りたい方におすすめです。
参考情報と翻訳元
- Reddit「Metal chopsticks」— 韓国で金属箸を使う理由や、その使い心地について議論したスレッド。記事内の海外コメントの翻訳元。
- 韓国国立中央博物館「Bronze Chopsticks」 — 高麗時代の青銅製の箸の実物資料を確認するために使用。
- 韓国国立中央博物館「Bronze Spoon and Chopsticks」 — 高麗時代の青銅製の匙と箸について確認するために使用。
- 韓国古代学会「武寧王陵出土青銅匙箸研究」 — 武寧王陵から出土した青銅製の匙3本と箸2組、その製作地や歴史的位置づけを確認するために使用。
- 韓国学中央研究院『韓国民族文化大百科事典「수저」』 — 韓国で匙と箸を一組として使ってきた歴史や、飯・汁物とおかずでの使い分けについて参考にした資料。
- Korea.net「What makes Korean chopsticks unique?」 — 韓国の金属箸の形状や使いにくさ、匙と箸を組み合わせる食文化について参考にした資料。
- Korea.net「Chopsticks pick up culture」 — 韓国の箸の歴史と、高麗時代の青銅製の箸について参考にした資料。
- Korea JoongAng Daily「Flat, frustrating and now famous: The history of Korea’s metal chopsticks」 — 現代の平たいステンレス箸が1960年代以降に広がった背景、カトラリーメーカーによる食文化との関係の説明、朝鮮王朝の銀箸と毒見説について参考にした資料。
- 国立国会図書館『[図説]韓国 食卓の文化史 食器、座り方から料理構成まで』 — 関連書籍の著者、訳者、刊行年、内容の確認に使用。


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