「実際には体験していないのに、なぜか懐かしい」。
海外掲示板Redditのシティポップ愛好家コミュニティで、こんな感覚についての質問が投稿されました。
シティポップから思い浮かぶのは、ヤシの木、プール、夜の都会、高層ビル、海沿いを走る車。そして「1980年代の日本」。ところが、その景色がどこから来たのかを追ってみると、単純に「昔の日本を懐かしんでいる」という話ではありませんでした。
「自分たちの懐かしさを、鏡で返されているみたい」
印象的だったのが、こんなコメントです。
西洋で受ける理由の一つは、カリフォルニア、とくに80年代の南カリフォルニアで広く見られたビーチ的な美学を直接参照しているからだと思う。
自分たちの懐かしい記憶を、鏡に映して返されているような感じなんだ。
— u/Green_Air_1669
別のユーザーは、シティポップらしいビジュアルを知りたければ、永井博の作品を見るといいと答えています。
コントラストの強い色、都市の風景とヤシの木。シティポップとよく結びつけられる雰囲気がある。
— u/JosukeHigashikatana
続いて鈴木英人の名前も挙がりました。
確かに、現在「シティポップらしい」と感じる景色には、青い空、プール、ヤシの木、海辺の建物、アメリカ車といったモチーフが頻繁に登場します。
そして永井博本人の話を読むと、これは偶然ではありません。
永井は1973年にロサンゼルス、サンフランシスコ、ニューヨークを巡り、翌年にはグアムを訪れています。本人によれば、米国で目にした青空やプール、ロサンゼルスのヤシの木などが、その後の作品に影響しました。また、1970年代初頭に見た米国のスーパーリアリズムからも強い刺激を受けたと振り返っています。
大滝詠一『A LONG VACATION』の印象的なジャケットも永井の作品です。
そのアルバム誕生の大きなきっかけとなったのが、1979年に刊行された、大滝詠一が文、永井博がイラストを担当した『A LONG VACATION artback』でした。国立国会図書館の書誌でも1979年7月刊行と確認できます。ソニーミュージックも、このイラストブックを「アルバム誕生の大きなきっかけ」と説明しています。
つまり、西洋のリスナーからすると、不思議なことが起きています。
アメリカを見た日本のクリエイターが、自分たちなりの夏や都市、リゾートのイメージを作る。
それが何十年も後になって海外へ渡り、今度は「80年代の日本らしい景色」として受け取られているのです。
冒頭の「鏡で返されているようだ」というコメントは、かなり核心を突いているのかもしれません。
音のほうも「知っているのに、知らない」
似たことは音楽にも起きています。
あるユーザーは、海外のリスナーが感じるものを「borrowed nostalgia(借り物のノスタルジー)」と表現していました。
西洋の聴き手にとって、シティポップには心地よい親しみやすさがある。
ファンク、ディスコ、R&Bなどを土台にしているから音楽的には分かりやすいのに、文化的には遠い。
この「親しみがあるのに異国的」という感覚こそ、魅力の一つなんじゃないかと思う。
— u/Deepdigs88
「シティポップ」が何を指すのかについては、実は現在でもきれいに線を引けるわけではありません。
国際交流基金シドニー日本文化センターが公開している研究者・大和田俊之氏の論考でも、現在の「シティポップ」という言葉が具体的にどの音楽を指すのかは簡単ではないとされています。
そのうえで、1970年代以降の日本で、米英のロックやソウルを熱心に聴いていたミュージシャンたちによる、都会的な感覚を持ったポップスの系譜が説明されています。
Redditでも、
ファンクとシンセポップの組み合わせ。
— u/crepesquiavancent
という簡潔な答えがある一方、
シティポップは一つの決まった音を持つジャンルではない。何を意味するのかについても、みんなの意見が一致していない。
— u/eoipei
という意見もありました。
日本の音楽史を紹介するNippon.comの記事でも、シティポップの起点について明確な合意があるわけではなく、1970年代のSugar Babeや荒井由実、大貫妙子らを含む幅広い流れが紹介されています。
だから「80年代に突然生まれた一つのジャンル」と考えるより、70年代から続く複数の音楽が、後から「シティポップ」というまとまりで再発見された面も見ておいたほうがよさそうです。
「日本が西洋音楽を良くした」という話でもない
この話には、もう一つ注意が必要です。
「日本が西洋から入ってきた音楽を独自に発展させた」という説明から、
「日本人が西洋音楽をさらに良くした」
とまで進めたコメントには、すぐ反論が入りました。
それはかなり主観的だと思う。
シティポップの土台には、偉大な黒人アメリカ人ミュージシャンたちの音楽がある。それを日本が「より良くした」とは個人的には思わない。
— u/thegmoc
この指摘は重要です。
「西洋にはない日本独自の音楽」と「西洋音楽のコピー」のどちらか一方として見るより、ファンク、ソウル、ディスコなどを日本のミュージシャンたちが取り込み、日本のポップスの中で別の形に組み合わせていった、と捉えるほうが実態に近そうです。
そして、その結果できた音を今度は海外の人々が聴き、「聞き覚えがあるのに、少し違う」と感じています。
では、なぜ「80年代」の印象がこんなに強いのか
元投稿者は、「なぜ70年代や90年代よりも、80年代日本のイメージが西洋で魅力的に見えるのか」と尋ねていました。
ただ、ここは少し整理が必要です。
現在シティポップの象徴とされる作品を見ても、大滝詠一『A LONG VACATION』は1981年、山下達郎『FOR YOU』は1982年、竹内まりや「Plastic Love」は1984年です。
これらをまとめて「バブル時代の音楽」と呼ぶ説明もよく見かけますが、日本銀行の研究では、日本のバブル経済の始まりを1987年と見る考えが多いとされています。
少なくとも、現在シティポップを代表する多くの作品は、本格的な資産バブルより前に作られています。
Redditでも、
シティポップには70年代の要素もかなり入っていると思う。ディスコは、今シティポップと分類されている多くの作品の土台になっている。
— u/Random-J
という指摘がありました。
では、なぜ現在は「80年代日本」という一枚のイメージに見えやすいのでしょうか。
その答えの一部は、シティポップが再発見された経路にありそうです。
YouTubeが「シティポップの80年代」を作り直した
海外での再評価を語るうえで外せないのが、竹内まりや「Plastic Love」です。
1984年の曲ですが、2017年に匿名ユーザーがYouTubeへ長尺版を投稿したことで、数十年後に海外で急速に広がりました。
Pitchforkの取材によると、YouTubeの推薦機能を通じてこの曲を知った若いシティポップファンは多く、「Plastic Love」がジャンルへの入口になったケースも目立っていました。
さらに、その少し前からネット上ではVaporwaveやFuture Funkといった音楽が広がっていました。
Vaporwaveは、1980~90年代の広告、ショッピングモール、企業音楽、日本語表記などを切り貼りして、過去の消費文化や「昔想像されていた未来」を再構成する電子音楽・ネット文化です。
Future Funkでは、日本の70~80年代のポップスやディスコがサンプリングされることも多く、シティポップの海外再発見と重なっていきました。
Redditのコメントにも、
自分たちの中には、VaporwaveやFuture Funkを通ってシティポップに来た人もいると思う。
高級な夏の休暇、大きなオフィスビル、ヤシの木の下に停まる真っ赤な車を思い浮かべる。
— u/brobnik322
という声がありました。
元の時代をそのまま保存したというより、音楽、ジャケット、YouTube動画、プレイリスト、ネット上の画像などを通して、後の時代に「80年代日本らしさ」が再編集されていった面もありそうです。
「存在しなかった思い出」を懐かしむ
では、自分が生まれる前、しかも住んだこともない国の時代を「懐かしい」と感じることはあるのでしょうか。
スレッドでは、
実際には自分が経験していないものなのに、ものすごく懐かしく感じる。できることなら経験してみたかった。
— u/TX_REEF
というコメントがありました。
これはネット上だけの珍しい感覚ではないようです。
2021年に『Journal of Popular Music Studies』に掲載された研究では、Vaporwaveなどのネット発音楽と、それに結びついたシティポップの再評価について分析しています。
研究者は、そこで呼び起こされる「記憶」が、実際に本人が経験した過去とは限らず、ときには想像の中にしか存在しない時代や場所を中心に作られていると指摘し、これを「reconstructed nostalgia(再構成されたノスタルジー)」という考え方から論じています。
さらに2025年には、米国のZ世代とシティポップについて直接調べた研究も発表されました。
この研究では、まず2人への詳細なインタビューを行い、その内容をもとに米国のZ世代を対象とした追加のアンケート調査も実施しています。
TikTokなどのSNSや音楽ストリーミングサービスが、若者がシティポップを発見し、聴くうえで重要な役割を持っていたとしています。
研究者たちは、SNSやストリーミングを通じたシティポップの発見や受け止め方を分析し、そこから「automated nostalgia(自動化されたノスタルジー)」という概念を提示しています。
対象は米国のZ世代に限られるため、海外のシティポップファン全体へそのまま広げることはできません。
それでも、今回のRedditで語られていた「知らない時代なのに懐かしい」という感覚を考えるうえでは、かなり近い研究です。
懐かしいのは、本当に「1980年代の日本」なのか
ここまで追ってみると、最初の問いが少し違って見えてきます。
海外のシティポップ愛好家が懐かしんでいるのは、必ずしも歴史上そのままの「1980年代の日本」ではありません。
米国音楽の影響を受けた日本のポップス。
カリフォルニアを見た日本人イラストレーターが描いたプールやヤシの木。
そこへ夜の東京、高層ビル、車、アニメ、Vaporwaveなど別のイメージが重なり、YouTubeやSNSの推薦を通して数十年後の若者へ届く。
「昔の日本」というより、いくつもの場所と時代が重なってできた、少し現実よりきれいな過去なのかもしれません。
そうしたいくつもの要素が重なることで、一度もそこに暮らしたことがなくても、「帰ってみたい場所」のように感じられるのかもしれません。
参考情報と翻訳元
- Reddit「How would you describe the city pop aesthetic?」 — r/citypopに2026年6月30日に投稿された元スレッド。今回の記事で紹介したコメントの翻訳元。
- 国際交流基金シドニー日本文化センター「City Pop’s America」ほか — 「シティポップ」という語の定義の難しさ、1970年代以降の日本のポップスと米英ロック・ソウルとの関係を確認。
- PAPERSKY「永井博|プールを描き続けて~尽きない情熱の理由」 — 永井博本人の1970年代の米国旅行、スーパーリアリズム、プールやヤシの木などのモチーフの由来を確認。
- ソニーミュージック『A LONG VACATION 40th Anniversary Edition』 — 1979年の『A LONG VACATION artback』がアルバム誕生の大きなきっかけとなったことを確認。
- 国立国会図書館「A long V-A-C-A-T-I-O-N」書誌情報 — 『A LONG VACATION artback』が1979年7月刊行、大滝詠一著・永井博イラストであることを確認。
- Nippon.com「A Guide to City Pop, the Soundtrack for Japan’s Bubble-Era Generation」 — Sugar Babe、荒井由実、Tin Pan Alleyなどを含む1970年代からのシティポップの系譜と、明確なジャンル境界がないことを確認。
- Pitchfork「The Endless Life Cycle of Japanese City Pop」 — YouTube、Vaporwave、Future Funkなどを経由した海外でのシティポップ再評価を確認。
- Pitchfork「Talking to the Anonymous YouTuber and the Photographer Who Helped Mariya Takeuchi’s “Plastic Love” Go Viral」 — 2017年の「Plastic Love」投稿とYouTubeを通じた拡散の経緯を確認。
- Paul Ballam-Cross「Reconstructed Nostalgia」 — Vaporwaveや関連するシティポップ再評価において、実体験ではない過去や場所への「再構成されたノスタルジー」が生まれるという議論を確認。
- Satomi Sugiyama & Nello Barile「Japanese City Pop and Gen Z in the US: happy, calm, and automated nostalgia」 — 米国Z世代のシティポップ受容、SNSやストリーミングによる発見と受け止め方、「automated nostalgia」という概念について確認。
- 日本銀行金融研究所「The Asset Price Bubble and Monetary Policy: Japan’s Experience in the Late 1980s and the Lessons」 — 日本の資産価格バブルについて、1987年を開始時期と見る考えが多いことを確認。「シティポップ=すべてバブル期」と単純化しないために使用。


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