児島はなぜ「ジーンズの聖地」? 海外デニム好きが岡山へ“巡礼”する理由

0コメント
日本の話題
このページは広告が含まれています。

(最終更新日:2026年9月18日)

「巡礼」「デニム天国」「ジーンズの聖地」。

海外のデニム愛好家が、岡山県倉敷市の児島を訪れた投稿を追っていると、こんな言葉が何度も出てきます。中には、日本旅行の2年前から「次は児島へ寄ろう」と計画していた人までいました。

日本旅行の旅程に、わざわざ児島を組み込みたくなる理由は何なのでしょうか。

広告下に海外の反応が続いています
広告下に海外の反応が続いています

「道路のラインまでセルビッジになってる」

2023年、デニム好きが集まるRedditコミュニティ「r/rawdenim」に、児島を訪れたユーザーが写真を投稿しました。

Made the Pilgrimage Today
by u/TheSeti12345 in rawdenim

児島まで行ってきた。本当にデニム天国だった。どこを見てもジーンズ、何もかもデニム! 道路までデニム風になっていて、道路のラインはセルビッジになってる。

— u/TheSeti12345

セルビッジとは、生地のほつれを防ぐために織られた端の部分です。デニムでは赤い糸が入ったものがよく知られ、日本では「赤耳」とも呼ばれます。

児島ジーンズストリートでは、道路を藍色にし、その脇に赤と白のラインを入れることで、赤耳付きのセルビッジデニムを表現しています。倉敷市によると、当初はもっと濃い藍色だった道路も年月とともに色あせ、ヴィンテージジーンズのような色になってきたそうです。

頭上にはジーンズが吊られ、駅にもジーンズ柄の装飾。現在は約400メートルの通りとその周辺に、地元のジーンズメーカーを中心とした約40店舗が並んでいます。

コメント欄では、

この写真はすごいな。ここは本当に「デニムのメッカ」だね。

— u/tritactoe

という反応も。

別のユーザーは、

東京と大阪には行ったことがあるけど、まだ「デニム巡礼」は達成できてない。

— u/SpicyTorb

と書いていました。

冗談半分の表現かと思いましたが、別の投稿を探すと、本当に「巡礼先」のような扱いをされていました。

「2年前から、次は児島へ行こうと決めていた」

2025年に初めて児島を訪れた別のユーザーは、前回の日本旅行が終わったころから、次の旅行では児島へ寄ろうと考えていたといいます。

実際に訪れると、BIG JOHN、Pure Blue Japan、桃太郎ジーンズ、graphzeroなど、児島周辺のデニムブランドや店舗を回り、商品を購入しました。

ところが、一番目当てだった店が平日は休みでした。

普通なら諦めてもおかしくありませんが、この人は旅行中の土曜日にもう一度児島へ戻っています。新幹線で名古屋へ移動する日の午前中を使って店へ行き、40分ほどで試着と買い物を済ませ、再び岡山へ戻りました。

なぜそこまでしたのか。

本人が別のコメントで説明しています。

数年前から知っていて、ずっと追っていたけど、実物を手に取ったことがなかった。触って確かめないまま買うのは不安だったんだ。

だから実際に店へ行って商品を見られたし、浜本さんとも話せた。本当にいい時間だった。

— u/chewyicecube

通販でも海外から日本製デニムを買うことはできます。

それでも、この投稿者にとっては、実際に生地を触り、試着し、店の人と話して選べることに、児島まで足を延ばす意味がありました。

広告下に記事が続いています
広告下に記事が続いています

2026年には「ジーンズの聖地」へ

2026年には、日本のファッションやブランドについて扱うRedditコミュニティ「r/japanesestreetwear」にも、児島旅行の投稿がありました。

冒頭から、

ようやく児島、「ジーンズの聖地」に足を踏み入れた。見渡す限り藍色だった。

— u/Pristine_Company_876

と書いています。

滞在できたのは1日。

投稿者は約40店をできるだけ多く回ろうとしたものの、

ちなみに1日じゃ全然足りない。

とも書いていました。

BIG JOHNなどの店舗では、日本語が得意ではないながらも店員との会話を楽しんだそうです。

2023年の投稿者も、児島で特によかったものを聞かれた際、買った服だけではなく、

街の雰囲気が本当に好きだった。それに、店員さんたちから児島の歴史を伝えようという情熱がはっきり感じられた。

— u/TheSeti12345

と答えています。

今回確認した複数の旅行記では、児島で評価されているのは「ジーンズ店が多い」ということだけではありませんでした。

では、なぜこの地域に、それほどジーンズが集まっているのでしょうか。

実は「ジーンズストリート」は2009年に始まった

ここで少し意外だったのが、現在のジーンズストリート自体は、それほど古くないことです。

現在の通りがある味野商店街は、かつてにぎわった商店街でしたが、その後は空き店舗が増え、シャッター街になりつつありました。

そこで地元のデニム生地やジーンズのメーカー、児島商工会議所、倉敷市などが「児島ジーンズストリート構想」を策定。児島のジーンズ産業を生かして商店街を再生する取り組みが始まりました。

倉敷市によると、ジーンズストリートは2009年、わずか3店舗からスタートしています。

つまり、藍色の道路や頭上から吊られたジーンズが、何十年も前から存在していたわけではありません。

「デニムの聖地」を目に見える観光地として形にしたのは、比較的新しい町おこしでした。

ただし、そこで話が終わるわけでもありません。

観光地としての歴史は新しくても、児島と繊維の関係はずっと古いからです。

広告下に記事が続いています
広告下に記事が続いています

ジーンズの前に、綿と学生服があった

倉敷周辺の繊維産業の始まりを追うと、江戸時代まで遡ります。

干拓によって生まれた土地には塩分が多く、稲作には向きませんでした。そこで塩分に強い綿やイグサが栽培されるようになります。

その後、児島周辺ではさまざまな綿織物や繊維製品が作られ、明治時代には紡績業も発展。糸を作るところから、織り、染色、縫製までの技術が、足袋、学生服、作業着などさまざまな衣料品へ広がっていきました。

特に児島が強かったのが学生服です。

倉敷市によると、1955年には全国で生産される学生服のおよそ7割を児島産が占めていました。

つまり児島は、ジーンズが流行したから突然縫製の町になったわけではありません。

すでに衣料品を作る産業と技術の蓄積があり、その先にジーンズが入ってきました。

1965年の「国産」と1973年の「純国産」

大きな転換点が1965年です。

現在のBIG JOHNの前身、マルオ被服が米国製のデニム生地などを使い、CANTONブランドのジーンズを児島で生産しました。

倉敷市は、1965年に児島で「日本初の国内で縫製されたジーンズ」が誕生したと紹介しています。

ただ、この段階ではデニム生地や部材まで日本製だったわけではありません。

BIG JOHNによると、当時はデニム生地だけでなく、糸やファスナー、ボタンなどの部材、さらには縫製用ミシンまで輸入していました。倉敷市の資料にも同様の経緯が紹介されています。

その後、日本国内でデニム生地の開発が進みます。

クラボウは1970年にデニム事業へ進出し、1973年には国産初のデニム「KD-8」を発売したとしています。

BIG JOHNも、この生地を使って1973年に初の「純国産ジーンズ」を発表したと説明しています。

「1965年に日本国内でジーンズを縫製したこと」と、「1973年に生地まで含めて国内で作ったこと」は、別の段階だったわけです。

現在の児島に残っているのは、単に昔ジーンズ工場があったという歴史だけではありません。

その前の綿や織物、学生服、作業服から続いてきた技術の上に、ジーンズ産業が乗っています。

広告下に記事が続いています
広告下に記事が続いています

では、日本製デニムの何がそこまで好きなのか

ここでもう一つ疑問が出てきます。

児島に長い産業の歴史があることと、海外から来た旅行者が日本旅行の旅程に児島を組み込みたくなることは、同じ話ではありません。

そこで、日本製デニムや「Raw Denim」について語っているr/rawdenimの別スレッドを見てみました。

Raw Denim(ローデニム)は、一般に製品化後の洗い加工などを施していない「生デニム」を指します。はき込むことで少しずつ色落ちやアタリが生まれ、自分なりの変化を楽しむ愛好家もいます。

「Raw DenimやJapanese Denimは、あなたにとって何を意味する?」という質問に、あるユーザーはこう答えています。

ヴィンテージの機械、細部へのこだわり、品質への意識、製造のあらゆる段階にある技術。それに、毎日の生活を自分で刻み込んでいけるキャンバスのようなところ。

— u/Ya_Got_GOT

この回答には日本製デニムへの評価と、ローデニム全般の魅力の両方が含まれています。

同じスレッドでは、品質や職人技などを日本製デニムの魅力として語る声がある一方、ローデニムそのものについては、はき込むことで生まれる色落ちや、自分の生活が生地に残っていくことを楽しむ声も見られました。

さらに、自分がアメリカ人だと書いている別のユーザーは、日本製デニムをこんなふうに見ています。

日本製デニムで面白いと思うのは、アメリカへの敬意が感じられること。

自分にとってデニムは、アメリカの無骨なワークウェア文化と日本の職人技が交わる面白い存在なんだ。

— u/Giant_Robot_hug

もちろん、これらはデニム愛好家コミュニティに参加する個人の感想です。

「海外では日本製デニムがこう評価されている」と全体へ広げることはできません。

ただ、今回確認したコメントからは、日本製デニムの品質や作りへの関心と、ローデニムを自分で育てていく楽しみの両方が、この趣味の中にあることが見えてきます。

そう考えると、旅行中に児島まで足を延ばし、実物を触って選びたいという人がいることも、少し理解しやすくなります。

“聖地”なのは、店が40軒あるからだけではなかった

最初は、道路までデニム色にした町に、海外の愛好家が面白がって集まっているという話にも見えました。

調べてみると、現在のジーンズストリート自体は2009年に始まった比較的新しい取り組みです。

ところが、その下には綿や織物、学生服、作業服、そして国産ジーンズへ続いてきた長い繊維産業の歴史がありました。

さらに今回確認した旅行記では、2年前から児島行きを計画した人、目当ての店のために旅行中にもう一度戻った人、約40店を前に「1日では足りない」と感じた人もいました。

「巡礼」という少し大げさな言葉が、だんだん大げさに見えなくなってきます。

道路の藍色が少しずつ色落ちしていくように、児島にはジーンズを「買う」だけでは分からないものが積み重なっているようです。

amazon.co.jp
KOJIMA GENES 21oz ストレート デニム
¥17,600円 税込(2026年9月18日時点)
Amazon.co.jpで見る

参考情報と翻訳元

コメント

タイトルとURLをコピーしました