「以前、日本人と話していて、本当に何を話せばいいか分からなくなったとき、三国志の話をしたことがある。」
中国語でやり取りするRedditコミュニティで、こんなコメントが書き込まれていました。
きっかけは、日本語の掲示板で、三国時代の詩人・曹植が七歩のうちに詩を作ったと伝わる「七歩詩」の故事が説明されている投稿です。
コメント欄では、
「日本人ってけっこう三国志が好きだよね。知っている人も少なくないと思う。」
— u/Ray9678
という声も出ていました。
たしかに日本では、『三国志』という名前を漫画やゲーム、アニメ、小説などで見かける機会があります。
海外の三国志ファンが集まるRedditでも、こんな疑問が投稿されていました。
「ゲームや漫画、アニメの数を見ると、日本は中国以上に三国志が好きなのではないか。江戸時代の侍たちが『三国志演義』に感銘を受けたのだろうか?」
少し大げさにも見える質問ですが、調べてみると、日本と三国志の付き合いは想像以上に長いものでした。
そもそも、中国より日本の方が三国志好きなのか?
まず、この問いには注意が必要です。
スレッドでもすぐに、「作品数だけを見て中国より人気だと判断できるのか」という反論が出ました。
「日本で人気なのは確かだよ。でも、作品の数だけを基準にして、本当に中国より日本の方が人気だと言えるのかな?
中国側にも三国志から着想を得たゲームや作品はたくさんある。ただ、日本の作品ほど知られていなかったり、人気がなかったりするだけだと思う。日本のエンタメ産業の方がずっと強いことを考えれば、それも理解できる。
たとえばGoogle PlayストアでThree Kingdomsを英語と中国語で検索するだけでも、中国のスタジオが作った作品はたくさん出てくる。だから作品そのものが少ないというより、日本の作品ほど中国の作品を知らないだけなのかもしれない。」
— u/10thousand_stars
別の人からも、「三国志が日本で中国以上に人気なのではなく、日本の作品の方が世界から見つけやすいのではないか」という意見が出ています。
中国には中国なりの長い三国志文化があります。そのため、日本と中国のどちらで「人気が上か」を作品数だけで比べるのは難しそうです。
ただし、別の問いなら考えることができます。
なぜ日本では、中国の古い物語を題材にした作品がこれほど繰り返し作られてきたのでしょうか。
日本の三国志人気は、ゲームより300年ほど古い
ここで少し整理しておくと、日本で「三国志」と呼ばれているものには、陳寿が書いた歴史書『三国志』と、その時代を物語として描いた中国・明の時代に成立した小説『三国志演義』があります。

劉備、関羽、張飛の桃園の誓いや、諸葛孔明の活躍など、現在の大衆文化で知られている三国志像には『三国志演義』の影響が大きくあります。
国立国会図書館の資料では、『三国志演義』は江戸時代初期の『通俗三国志』以来、日本で多くの読者を持ち、現在まで漫画やコンピューターゲームなどを通じて親しまれてきたと説明されています。
その『通俗三国志』を手がけたのが、湖南文山という人物です。
詳しい来歴は分かっていませんが、1689年に本人が書いた序文が残り、1692年には50巻に及ぶ『通俗三国志』が京都で刊行されています。京都大学にも当時刊行された本が残されています。
1985年には、光栄(現在のコーエーテクモゲームス)から歴史シミュレーションゲーム『三國志』の第1作が発売されました。
それより約300年前には、すでに日本語で三国志の長大な物語を読むための本が作られていたことになります。
江戸時代には「絵で見る三国志」まで登場した
さらに興味深いのは、三国志が文字だけの読み物では終わらなかったことです。
江戸後期の1836年から1841年にかけて、『通俗三国志』をもとにした『絵本通俗三国志』が刊行されました。

全75冊という大部の作品で、挿絵を描いたのは葛飾北斎の弟子として知られる葛飾戴斗です。国立国会図書館の解説によると、挿絵は約400枚に及びます。
劉備や曹操、関羽、張飛といった人物たちを、文章だけではなく絵でも楽しめるようになったわけです。
2026年に公開された国文学研究資料館の研究でも、『通俗三国志』をはじめとする中国小説の日本語版の刊行が、江戸時代の庶民層による中国小説の受容に大きく貢献したとされています。
三国志を題材にした絵は、こうした絵本だけにとどまりません。
江戸時代の浮世絵師・歌川国芳も、『通俗三国志』に登場する関羽の逸話を題材にした『通俗三国志 関羽五関破図』を1853年に残しています。
最初のReddit投稿者は、「江戸時代の侍たちが三国志に感銘を受けたのか」と考えていました。
しかし実際の広がりを見ると、武士だけの話として考えるのは少し狭そうです。
翻訳され、出版され、さらに大量の挿絵が加えられ、物語の人物が浮世絵の題材にもなる。
江戸時代の時点で、三国志はすでに日本の大衆文化の中へ広がっていました。
昭和になると、吉川英治がもう一度「日本の三国志」を作った
その流れは近代になっても途切れません。
大きな存在となったのが、吉川英治の小説『三国志』です。
1939年から1943年にかけて新聞で連載された作品で、吉川自身は『通俗三国志』や『三国志演義』などを参考にしながらも、どれかをそのまま翻訳するのではなく、自分なりに書いたことを序文で説明しています。
吉川は少年時代にも『演義三国志』を読み、夜遅くまで夢中になって父親から寝るよう叱られたことを振り返っています。
ここにも、日本の三国志文化の特徴が少し見える気がします。
中国の原典が一度日本語に訳されて終わったわけではありません。
江戸時代の『通俗三国志』があり、それを絵入りにした『絵本通俗三国志』があり、さらに時代が変わると吉川英治が当時の読者向けの長編小説として書き直す。
同じ物語が、新しい読者に合わせて何度も入口を作り直されてきました。
そして漫画になり、ゲームになった
戦後になると、三国志はさらに別の姿になります。
横山光輝の漫画『三国志』は1971年から1987年にかけて発表された長編作品です。横山光輝公式サイトによると、全体で1万2542ページに及び、単行本では全60巻となりました。
そして1985年には、先ほど触れた光栄の歴史シミュレーションゲーム『三國志』が登場します。
コーエーテクモホールディングスが2026年に公開した公式資料では、『三國志』シリーズは累計950万本以上とされています。
小説として読み、漫画で人物の顔を知り、ゲームでは自分で曹操や劉備、孫権たちを動かして天下を争う。
時代が変わるたびに、三国志との接し方まで変わってきたことが分かります。
最初のReddit投稿者が「日本には三国志のゲームや漫画が多すぎないか」と感じたのも、この長い積み重ねの一番新しい部分を見ていたからなのかもしれません。
では、日本の「三国志」にあたる作品は?
もう一つのRedditスレッドでは、さらに変わった質問が出ていました。
「中国に『三国志演義』があるなら、日本でそれに相当する古典は何なのか?」
候補として挙げられたのが『平家物語』です。
平氏と源氏の争いを描いた軍記物語なので、歴史上の争乱を多数の人物によって描くという点では、たしかに似たところがあります。
しかし、別の人は質問そのものに疑問を投げかけました。
「この質問は、なぜか日本にも『三国志演義』に対応する作品がなければならない、という前提に立っているように見える。
そう考えるなら、韓国、ベトナム、タイ、カザフスタン、ハンガリー、ボツワナなどについても、それぞれの『三国志演義』に相当するものを尋ねられることになる。
ブルガリアにとっての『イリアス』は何?
オーストリアにとっての『神曲』は何?
そんな作品はないし、なければならない理由もない。」
— u/MongolianBlue
これは意外と重要な指摘かもしれません。
外国から入ってきた作品だからといって、必ず同じ役割を持つ国内作品があるとは限りません。
むしろ三国志の場合、日本に「代用品」を探すより、中国から入ってきた物語そのものが日本でどう変化してきたのかを見る方が分かりやすそうです。
中国から来た物語に、何度も新しい入口が作られてきた
日本における三国志受容を扱った資料を見ると、この歴史は江戸時代だけに限られません。
講談社の『三国志と日本人』では、『日本書紀』との関わりから軍記物語、江戸文学、吉川英治、そしてゲームまで、日本と三国志の関係が長い時間軸で扱われています。
ここまで見てきたように、日本では三国志が一度紹介されて終わったのではなく、時代が変わるたびに別の読み方や楽しみ方が加わってきました。
だから新しい三国志作品が登場するとき、劉備も曹操も孔明も、まったく知られていない外国史の人物として一から紹介する必要がありません。
すでに小説や漫画、ゲームなどで名前を知っている人がいて、そこへ次の作品がつながっていく。
冒頭の中国語コメントにあった、
「以前、日本人と話していて、本当に何を話せばいいか分からなくなったとき、三国志の話をしたことがある。」
— u/lori_fffox
という経験も、そう考えると少し不思議ではなくなります。
「中国より日本の方が三国志好きなのか」という問いには、簡単には答えられません。
ただ、日本で三国志が長く親しまれている理由を追ってみると、同じ物語への入口が300年以上にわたって作り直されてきた歴史が見えてきます。
いま私たちが漫画やゲームで知っている三国志も、その長い流れの中にある一つなのかもしれません。
(最終更新日:2026年9月10日)
この記事に関連するおすすめ書籍
『三国志演義(一)』
井波律子 訳
講談社学術文庫 2257
今回の記事で何度も登場した『三国志演義』そのものを、日本語で読める一冊です。
劉備・関羽・張飛が義兄弟の誓いを結ぶ「桃園の誓い」から始まり、曹操、呂布、孫堅、孫策、孫権など、後の三国志作品でもおなじみの人物たちが次々と登場します。
記事では、『三国志演義』が江戸時代から日本で翻訳され、絵本、小説、漫画、ゲームへと形を変えながら親しまれてきた流れを紹介しました。その大元となった物語がどのようなものだったのか、実際に読んでみたい方におすすめです。
参考情報と翻訳元
- Reddit「Why is it that the story of three kingdoms is more popular in Japan than in china?」 — 日本と中国における三国志人気や、日本作品が海外から見えやすい理由について議論したスレッド。
- Reddit「What is Japan’s literary masterpiece classic equivalent to the Romance of the Three Kingdoms?」— 日本で『三国志演義』に相当する作品は何かを尋ねたスレッド。『平家物語』などの候補や、「そもそも対応する作品が必要なのか」という議論の翻訳元。
- Reddit「典中典之文化输出」— 中国語でやり取りするRedditコミュニティで、日本人と三国志の関係について交わされたコメントの翻訳元。
- 国立国会図書館「東アジアの『三国志演義』」 — 江戸初期の『通俗三国志』から現代の漫画・ゲームまで、日本での『三国志演義』受容について参考にした資料。
- 京都大学貴重資料デジタルアーカイブ『通俗三國志 50巻首1巻』 — 湖南文山の『通俗三国志』の刊行時期や巻数の確認に使用。
- 国立国会図書館『絵本通俗三国志 : 8編75巻』 — 江戸後期の『絵本通俗三国志』の刊行時期、池田東籬・葛飾戴斗などの書誌情報の確認に使用。
- 国立国会図書館「第30回関西館資料展示(展示資料解説)」 — 『絵本通俗三国志』の約400枚の挿絵や、葛飾戴斗について参考にした資料。
- 国文学研究資料館『通俗三国志』章題の典拠と作法 — 『通俗三国志』などの刊行と、江戸期の庶民層における中国小説受容について参考にした研究。
- Cultural Japan「『通俗三国志』『関羽五関破図』」 — 歌川国芳が1853年に制作した『通俗三国志 関羽五関破図』の確認に使用。
- 青空文庫「吉川英治 三国志 序」 — 吉川英治が『通俗三国志』『三国志演義』などを参考にしながら、自身の方法で『三国志』を書いたことや、少年時代の読書体験の確認に使用。
- コトバンク「吉川英治」 — 日本大百科全書の解説。吉川英治『三国志』が1939年から1943年にかけて発表されたことの確認に使用。
- 横山光輝Official Web「三国志」 — 横山光輝版『三国志』の発表期間や総ページ数などの確認に使用。
- コーエーテクモホールディングス「主要IP(知的財産)紹介」 — 『三國志』シリーズが1985年に始まり、累計950万本以上であることの確認に使用。


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