なぜイスタンブールでは猫が街に溶け込んでいるのか? 「街の猫」の歴史と現在を調べてみた

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(最終更新日:2026年9月21日)

人でにぎわう通りの真ん中で、お腹を上にして眠る猫。

2024年、トルコを旅行していたRedditユーザーは、その光景を見て驚きました。

Türkiye so safe for cats they just nap belly-up on the street 😁
by u/Rengar-Pounce in TurkishCats

あまりにも無防備だったため、けがをしているのか、死んでいるのではないかと確認したほどだったそうです。

ところが、トルコの猫を扱うRedditコミュニティ「r/TurkishCats」のコメント欄では、猫が店先や住宅街で暮らし、近所の人たちから餌や水をもらうことは珍しくないという説明が次々に出てきました。

今回確認した別のスレッドにも、カフェ、公園、ホテル、住宅の前などで猫を見たという旅行者の投稿が複数ありました。

ただし、ここで一つ注意が必要です。

この記事では、「トルコは他国より猫の個体数が多い」と国際比較で証明するわけではありません。

資料が豊富に残っているイスタンブールを中心に、なぜ飼い主のいない猫が街の中でこれほど目立ち、人々から世話を受けているのかを追っていきます。

調べてみると、「イスラム教だから」「昔ネズミを捕っていたから」と一つの理由では説明できませんでした。

宗教、オスマン時代の都市文化、動物への慈善、猫の実用性、地域住民による世話、現在の自治体制度など、いくつもの背景が見えてきました。

一方で、「猫の楽園」というイメージだけでは見えにくい問題もありました。

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「野良猫」というより、近所のみんなが知っている猫

冒頭の2024年のスレッドで、あるトルコ人ユーザーは、イスタンブールの路上にいる猫を単なる「野良猫」と考えるのは少し違うと説明していました。

近所の人たちが世話をし、餌や水を与え、必要なら治療を受けさせる。つまり、特定の一人が飼っているわけではなくても、地域の中で複数の人から世話を受けている猫がいます。

英語圏の動物福祉では、特定の飼い主がいない屋外の猫を広く「community cat(コミュニティ・キャット)」と呼ぶことがあります。イスタンブールでは、その中に地域の複数の人から世話を受けている猫もいます。

日本の「地域猫」に少し似て見えるかもしれません。

ただ、日本の地域猫は、地域住民などが不妊去勢や餌やり、清掃などを一定のルールで管理する取り組みを指すことが多く、イスタンブールの街猫と同じ制度ではありません。

むしろ面白いのは、「飼い主がいない=誰にも世話されていない」とは限らないことです。

2026年のr/TurkishCatsでも、

猫がトルコを所有していて、食べ物と水とたくさんのなでなでと引き換えに、僕たちを住まわせてくれているんだ。

という冗談まで出ていました。

もちろん、本気で「猫が国を所有している」という意味ではありません。

ただ、今回確認したスレッドでは、猫を「人間の街への居候」というより、最初から街にいる存在として見る感覚が何度も現れています。

「イスラムでは猫が大切」は本当? ただし、それだけではない

Redditで最もよく出てきた説明の一つがイスラム文化でした。

ただ、「イスラムでは猫が神聖だから」と単純化すると正確ではありません。

預言者ムハンマドの言行などについて伝えられた個々の伝承を「ハディース」といい、それらをまとめたものがハディース集です。

その一つ『スナン・アブー・ダーウード』には、猫について興味深い伝承があります。

礼拝前の清めに使う水のところへ猫がやって来た際、ムハンマド本人ではなく、アブー・カターダという人物が器を傾け、猫に水を飲ませます。

それを見ていた女性が驚くと、アブー・カターダは預言者ムハンマドの言葉として、

猫は不浄ではない。あなたがたの間を行き来するものだからだ。

という趣旨の言葉を伝えています。

ここから直接確認できるのは、少なくともこの伝承では、猫が宗教儀礼上「不浄なものではない」とされていることです。

猫に親しみやすい文化が形成される背景の一つとして考えることはできます。

ただし、それだけで現在のイスタンブールを説明することはできません。

イスラム教徒が多い地域はトルコ以外にもありますし、Redditでも「ほかのイスラム圏で猫が同じように扱われているわけではない」という趣旨の反論が出ています。

宗教は一つの背景ではあっても、唯一の理由ではなさそうです。

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「ムハンマドの愛猫ムエッザ」は、有名だけれど確認できなかった

ここで、ネットで非常によく見かける話があります。

預言者ムハンマドには「ムエッザ」という愛猫がいて、その猫が服の袖の上で眠っていたため、起こさないよう袖を切って礼拝へ向かった、という逸話です。

今回確認したRedditにも、「ムハンマドが猫を飼っていた」という説明が複数ありました。

ところが、ここは調べてみると事情が違いました。

マレーシアの連邦直轄領ムフティ事務所――イスラム法について宗教的な見解を示す公的機関――は、主要なハディース資料を確認したうえで、ムハンマドがムエッザ、またはムイッザという名前の猫を飼っていたという、信頼性が認められた伝承は確認できないとしています。

つまり、

「イスラムには猫を不浄としない伝承がある」

ことと、

「ムハンマドにはムエッザという愛猫がいた」

ことは別です。

前者には確認できる典拠があります。

後者は非常に有名な物語ですが、今回確認した範囲では、史実として扱える根拠を確認できませんでした。

オスマン時代には、街の動物に餌を与える人までいた

宗教だけでなく、都市の歴史を見ると、現在の街猫文化を考えるうえで興味深い記録が出てきます。

2024年に学術誌『Frontiers in Sociology』に掲載された研究は、16世紀にオスマン帝国を訪れた旅行者Wratislawの記録を紹介しています。

そこにはmancacı(マンジャジュ)と呼ばれる職業が登場します。

一般的な日本人にはまず馴染みのない言葉ですが、肉を棒から下げて街を歩き、猫や犬など街の動物へ餌を与える人々だったと記録されています。

旅行者は、街の動物たちが塀などに座り、餌を待っていたとも記しています。

2026年のRedditでも、Raptor1251というユーザーが、イスラム文化や街で困っているものに食べ物を与える習慣について触れるなかで、オスマン時代のmancacıを例に挙げていました。

これはRedditユーザーによる歴史説明なので、それだけを根拠にはできません。

しかし調べてみると、mancacıについての歴史的な記録そのものは学術研究でも確認できました。

さらに人類学者Kimberly Hartは、現在のイスタンブールで市民が街の猫や犬、鳥などを世話する行為について、オスマン時代からの「身体化された記憶」として捉えています。

ここでいう身体化された記憶とは、昔の習慣を意識的に再現しているというより、日常の振る舞いとして受け継がれた文化的な記憶という意味です。

Hart自身も、現在の行動をオスマン時代の記憶の表れとして「論じている」のであって、何百年間まったく同じ習慣が途切れず続いたことを証明したわけではありません。

それでも、「街の動物へ食べ物を与える」という行為が最近のSNSブームで突然始まったわけではないことは分かります。

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「猫はアナトリア発祥だから多い」は、どこまで本当?

Redditでは、もう一つよく出てきた説明がありました。

「猫はアナトリアで家畜化されたから、トルコに多い」というものです。

アナトリアとは、現在のトルコのアジア側を中心とする地域です。

ただ、この説明も少し修正が必要です。

2007年の遺伝学研究では、家猫の家畜化は近東、つまり西アジアの東地中海周辺で始まり、初期農耕社会の成立と関係していた可能性が高いとされています。

人間が穀物を貯蔵するようになるとネズミが集まり、それを狙うヤマネコが人間の集落へ近づいた、という説明です。

2022年に1000匹を超える猫を調べた別の遺伝学研究でも、家猫の起源は肥沃な三日月地帯の東地中海沿岸周辺を中心に考えるのが妥当だとされています。

肥沃な三日月地帯とは、現在のトルコ南東部からシリア、イラクなどにまたがる、初期農耕が発達した地域です。

つまり、

「現在のトルコだけが家猫発祥の地だった」

とは言えません。

より正確には、現在のトルコを含む広い近東・東地中海地域が、猫と人間の関係が早くから深まった地域の一つと考えられています。

なお、この研究は「なぜ現在のイスタンブールに街猫が多いのか」を直接証明するものではありません。

ここで紹介したのは、Redditで繰り返し出てきた「アナトリアが猫の家畜化の発祥地」という説明を確認するためです。

猫は昔、本当にネズミ対策に使われていた

「猫が多いのはネズミを退治していたから」という話も、Redditで何度も登場しました。

これについては、少なくとも猫が実用的なネズミ対策として使われていた記録があります。

オスマン帝国のペスト史を研究する歴史家Nükhet Varlıkは、16世紀の旅行者Salomon Schweiggerの記録を紹介しています。

そこには、オスマン側が船にイタチや猫を乗せ、ネズミ対策に使っていたとあります。

港へ入る船や穀物倉庫はネズミが入り込みやすい場所でした。

そのため、猫がネズミを捕る実用的な動物として利用されていたこと自体は、歴史資料から確認できます。

ただし、

「猫が役に立ったから、現在まで猫が愛されるようになった」

と因果関係まで断定することはできません。

言えるのは、現在のイスタンブールの猫文化を語る際によく出てくる「昔はネズミ対策として猫が利用された」という部分には、史料上の根拠があるというところまでです。

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「猫のおかげでイスタンブールはペストを免れた」は違った

ところが、このネズミの話はネット上でさらに膨らんでいます。

今回確認した大規模なRedditスレッドにも、

「イスタンブールは猫がいたからペストを免れた」

という説明が出ていました。

では、本当にそうだったのでしょうか。

Varlık本人の研究では、14世紀の黒死病から続く長期的なペスト流行期である「第二次ペスト・パンデミック」の約500年間に、イスタンブールでは少なくとも230回のペスト流行が確認されるとしています。

平均すると約2.2年に1回です。

つまり、現在のイスタンブール、当時のコンスタンティノープルを含むこの都市が、猫のおかげでペストを免れていたわけではありません。

コンスタンティノープルとは、現在のイスタンブールの旧名です。

黒死病は14世紀にヨーロッパなどで大流行したペストですが、その後もオスマン帝国を含む各地でペスト流行は繰り返されました。

したがって、

「猫がネズミ対策に使われた記録がある」

ことと、

「猫がイスタンブールをペストから守った」

ことは分けて考える必要があります。

前者には史料があります。

後者は、歴史的事実とは合いません。

2026年現在、イスタンブール市も治療や不妊去勢を行っている

では、現在のイスタンブールで、街の猫は誰が世話しているのでしょうか。

住民や店だけではありません。

イスタンブール大都市自治体(İBB)の2026年現在の公式ページでは、飼い主のいない動物に対して、ワクチン接種、不妊去勢、治療、ケア、マイクロチップによる登録などを行っていると説明しています。

そして猫については、譲渡されなかった場合、処置後に「見つかった元の場所へ戻す」と明記されています。

交通事故などへの対応も24時間体制です。

ここはかなり重要です。

少なくとも2026年現在のİBBの運用では、猫をすべて街から回収するのではなく、治療や不妊去勢などを行った後に元の生活場所へ戻す仕組みがあります。

同ページによると、2026年7月末時点の累計では、飼い主のいない動物を対象として、

  • 診察・治療 10万765件
  • ワクチン接種 2万5065件
  • 不妊去勢 2万4923件

が実施されています。

また、移動式の獣医サービスVetBüsや、猫など小型の飼い主のいない動物へ素早く対応するMotoVetも運用されています。

これはトルコ全国の統一的な運用について述べたものではありません。

あくまで、今回確認できたイスタンブール大都市自治体の現在の制度です。

猫そのものが、イスタンブール旅行の体験になっている

現在では、この猫と人との関係そのものが、旅行者から見たイスタンブールの特徴になっています。

イスタンブールの猫と人間を描いたドキュメンタリー映画『Kedi』があります。

「Kedi」はトルコ語で「猫」という意味です。

映画の公式サイトは、イスタンブールの猫を「誰にも所有されず、野生でも飼育動物でもない、その二つの世界の間にいる存在」と紹介しています。

そして、実際の旅行者の反応を見ると、猫そのものが旅行体験の一部になっています。

2024年のRedditでは、イスタンブールを旅行中のユーザーが、

猫好きにとっては天国。ここには本当にたくさんの街猫がいる。

という趣旨の投稿をすると、「イスタンブールを好きになった大きな理由の一つだった」という返信が付いていました。

猫を見るためだけの観光施設があるわけではありません。

普通の街に猫がいること自体が、一部の旅行者には観光体験になっている。

ここは、イスタンブールの猫文化を考えるうえで面白いところです。

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ただし、「猫の楽園」だけを見ると現実を落とす

ここまで読むと、イスタンブールは猫にとって理想郷のように見えるかもしれません。

ネット上の実際の議論は、そこまで単純ではありません。

2023年、イスタンブールの地域情報を扱うRedditコミュニティ「r/istanbul」には、そのものずばり、

「イスタンブールは猫の天国だというかわいい写真の裏で、実際にはどうなっているの?」

というスレッドが投稿されています。

コメントには、地域住民、店、民間団体などが餌や水を用意し、病気の猫を助けているという話がある一方で、すべての猫が十分な世話を受けられるわけではないという指摘もありました。

あるユーザーは、自分の集合住宅でも住民がお金を出し合い、庭にいる5~6匹の猫を世話していると説明しています。

その一方で、病気で生まれた猫、母猫を失った子猫、車や犬によって負傷した猫など、十分な支援を受けられない猫もいると書いていました。

2026年のr/TurkishCatsでも、

「猫が多い理由は不妊去勢が十分ではないからではないか」

という批判に対して、自治体の施設や民間の動物病院、ボランティアによる不妊去勢は行われているものの、費用が高く、十分な規模には達していないという反論が出ています。

現在イスタンブール大都市自治体が不妊去勢を実施していること自体は、公式資料からも確認できます。

つまり、

「本当に街の人が猫を世話している」

ことと、

「屋外で暮らす猫には動物福祉上の問題が残っている」

ことは両立します。

どちらか一方だけを見ると、実際の姿を単純化してしまいます。

なぜイスタンブールでは猫が街に溶け込んでいるのか

今回調べた範囲では、一つの起源に答えを求めるのは難しそうです。

イスラムの伝承には、猫を宗教儀礼上「不浄ではない」とするものがあります。

オスマン時代には、街の犬や猫へ餌を与える人々の記録が残っています。

猫が船でネズミ対策に利用されていたことも確認できます。

現在では、住民や店による世話だけでなく、イスタンブール大都市自治体も治療や不妊去勢を行い、猫を元の生活場所へ戻しています。

ただし、これらすべてが現在の猫文化を生んだ原因だと、一つの研究が直接証明しているわけではありません。

より慎重に言うなら、こうした歴史的・宗教的・都市文化的な背景が、現在のイスタンブールで猫と人が街を共有する関係を考えるうえで重要な手がかりになっています。

そして、今回確認した資料や投稿では、猫が街にいることを当然のものとして受け止め、世話する人々が繰り返し登場します。

もちろん、イスタンブールの全員が猫好きではありません。

十分に世話されない猫もいます。

病気や交通事故、繁殖の問題もあります。

それでも、店先で眠り、住宅の庭で餌をもらい、ときには自治体の獣医サービスを受け、また元いた場所へ戻っていく猫がいる。

今回調べて見えてきたのは、猫を特別に崇拝する街というより、猫が人間と同じ街にいることを日常として受け入れている、イスタンブールの都市文化の一面でした。

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