海外「日本では“推し活”って呼ぶんだ」――外国人ファンが見た、日本の推し文化

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(最終更新日:2026年9月6日)

「推し活って、結局どういう意味なんだろう?」

日本ではすっかり定着した言葉ですが、海外のファンに説明しようとすると、意外と難しいかもしれません。

好きなアイドルやキャラクターを応援すること。グッズを買ったり、ライブへ行ったり、SNSで情報を追ったりすること。ファンアートを描いたり、誕生日を祝ったりすることまで、「推し活」という言葉の中に入ります。

海外ファンの反応を追ってみると、少し意外なことが分かります。

日本で「推し活」と呼ばれている行動の多くは、海外にもすでに存在しているのです。

では、なぜ日本の推し活は独特に見えるのでしょうか。

その理由を探っていくと、ファンの熱量そのものよりも、「好きなものを応援する」という行為に名前がつき、それを表現する方法まで一つの文化として認識されていることが見えてきます。

広告下に海外の反応が続いています
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「推し」は、単なるfavorite(お気に入り)とは少し違う

Redditには、「What is an oshi? & what is oshikatsu?」というスレッドがあります。

海外のファンが「推し」と「推し活」の意味を説明しようとした投稿で、「oshi」は単なる「favorite(お気に入り)」よりも、応援したい対象を指す言葉として紹介されていました。

活動を追いかけたり、イベントへ行ったり、グッズを買ったり、SNSで紹介したりする。ファンアートを作ることも、その一つです。

ただ、コメント欄で興味深いのは、「推しは日本のアイドルやキャラクターに限らない」という反応です。

作品全体を推す人もいれば、スポーツチームや、さらには航空会社まで「oshi」と呼ぶ人がいました。

別のスレッドでは、海外のファンが「dedicated fan(熱心なファン)」と「oshikatsu-er(推し活をしている人)」の違いを質問しています。こちらでも、両者を完全に分けるのは難しいという話になっていました。

たしかに境目が曖昧で、熱心なファンなら、結果として「推し活」と呼ばれる行動をしていることもあるからです。

東京大学の文化資源学フォーラムでも、「推し」は2000年代のアイドルファンの言葉から広がり、現在では文化芸術とのさまざまな関わり方を表す言葉になったと整理されています。

もともとは一部のファン文化で使われていた言葉が、より広い対象へ使われるようになった。

そのため海外のファンが「これ、自分もやってる」と感じても不思議ではありません。

海外ファンにとって、推しは日常の中にもいる

それがよく分かるのが、「Do you take your oshi to school or work?」というスレッドです。

投稿者は、大学へ痛バッグやぬいぐるみを持って行っていると話していました。好きなものを隠す必要はないと考えており、自分が堂々と推しを見せるようになってから、周囲でもバッグを飾ったり、痛バッグを持ったりする人が増えたそうです。

コメント欄には、似た経験を持つファンが次々に登場しました。

大学へ推しのぬいぐるみを持って行く人もいれば、職場へ痛バッグを持参する人もいます。スマホケースに推しのカードを入れている人や、小さなキーホルダーだけを毎日持ち歩いている人もいました。

中には、学校へ推しのグッズを持って行くことで気持ちが楽になるという人もいます。

一方で、職場では痛バッグを使わず、小さなグッズだけにするという人もいました。

推しを身近に置きたいという気持ちは同じでも、どこまで表に出すかは生活環境によって変わるわけです。

こうした反応を見ると、「推しを日常に持ち込む」という行動そのものは、日本特有のものではありません。

むしろ、日本で「推し活」という言葉を知った海外ファンが、自分たちのやってきたこととの共通点に気づく場面さえあります。

池袋で海外ファンが驚いた「痛バッグ」

それでも、日本へ来ると印象が変わることがあります。

「oshikatsu observations from 2 weeks in ikebukuro」という投稿では、海外のファンが池袋で2週間ほど過ごし、日本の推し活を観察した感想を書いていました。

特に目を引いたのが、バッグに同じ缶バッジやカードを何個も並べる痛バッグです。

グッズをただ詰め込むのではなく、同じサイズのものをきれいに並べ、推しのイメージカラーに合わせる。傷や紫外線から守るためのケースを使い、バッグ全体を一つのディスプレイのように仕上げる。

投稿者は、こうした光景を「financial flex(金をかけていることを見せつけるような行為)」と表現していました。

ただし、この観察をそのまま日本全体の推し活文化として広げることはできません。

コメント欄でも、複数買いをしない人や、一つずつグッズを集める人がいることが指摘されています。複数の作品を一つのバッグに入れることを推し活と考える人もいれば、そうではないと考える人もいました。

それでも、海外から見たときに印象的なのは、グッズの数だけではありません。

何を持っているかだけでなく、それをどう並べて、どう魅せるかまで含めて推しを表現している。

池袋で見た痛バッグは、そのことが目に見える形になったものだったのでしょう。

日本のアイドル現場は、グッズだけでは語れない

推し活が目に見えるのは、街のグッズだけでもありません。

「Visited Japan, ended up in Idol concert – anybody willing to have a conversation and explain a LOT of things?」というスレッドでは、ヨーロッパから日本を訪れた男性が、旅行中に偶然アイドルライブへ行き、その後さらに何度かライブへ足を運んだ体験を語っています。

日本語が分からないため、アイドルについて調べても情報を見つけにくい。複数のグループを好きになってもいいのか、特定のメンバーを推すものなのか、ライブの掛け声にはどんな意味があるのか。

そんな疑問を海外のファンに尋ねていました。

回答では、複数のグループを好きになっても構わないし、特定のメンバーを応援しても、グループ全体を好きでもいいという説明が出ています。ファン同士がSNSで交流したり、推しの誕生日を祝ったりする例も紹介されました。

そして、この旅行者が印象に残ったのはアイドル本人だけではありません。

小さな会場に集まるファン、ペンライト、掛け声、仕事帰りと思われる人たちが推しのTシャツに着替えて盛り上がる光景。その様子を見て、アイドル以上にファンの存在が興味深かったという感想まで出ています。

ここには、推し活のもう一つの側面があります。

グッズを所有するだけではなく、現場へ行き、同じものを好きな人たちと時間を共有することも推し活の一部になっているのです。

そもそも、どうしてその人が「推し」になるのか

「How did you’re oshi become oshi?」というスレッドでは、推しが生まれたきっかけについて海外ファンが語っています。

声に惹かれた人もいれば、性格や話し方が好きになった人もいました。ライブやミュージックビデオでパフォーマンスを見て、一気に気になる存在になったという人もいます。

偶然のファンサービスがきっかけになったケースもありました。

最初から「この人を推そう」と決めているとは限りません。

グループを見ているうちに特定のメンバーが気になり、その人の歌やダンス、話し方を知るうちに好きになっていく。反対に、一人に絞れずグループ全体を好きになる人もいる。

こうした「推しができるまで」の過程にも、決まった形はなく、日本でも複数の推しを持ったり、グループ全体を推したりする人がいるのも、そのためでしょう。

「公式グッズを持っているほど本当のファン」なのか

一方、推し活が目に見える形になることで、ファン同士の比較が生まれることもあります。

「Getting more official merch comes with guilt of the past of getting fanmerch/customs」というスレッドでは、海外ファンが公式グッズとファンメイドグッズの間で感じた葛藤を語っていました。

投稿者は以前、日本の公式グッズを手に入れるのが難しく、現地の中古市場やファンメイド、カスタムグッズなどを利用していました。

その後、代理購入などを使えるようになって公式グッズを買えるようになったものの、過去にファンメイド作品を購入していたことに罪悪感を覚えるようになったそうです。

「公式グッズを大量に持っている人ほど本当のファン」と見られているように感じていたからです。

コメント欄では、この考え方に反発する声が多く出ています。

海外から日本のグッズを買うには、送料や代理購入費がかかる。そもそも海外発送に対応していない商品もあります。

さらに、作品によっては公式グッズそのものがほとんど存在しないこともあります。

そう考えると、グッズの量や公式かどうかだけでファンの愛情を判断するのは難しくなります。

特に海外ファンにとっては、「買わない」のではなく「買えない」という事情があるからです。

「推しにグッズがない」なら、自分で作ればいい

その事情がもっとはっきり表れるのが、「would-be oshi」のスレッドです。

ここでは、好きなキャラクターはいるものの、ゲームが終了していたり、海外版サービスが閉じていたり、作品自体がマイナーだったりして、公式グッズがほとんど手に入らないというファンが集まっていました。

ある人はファンメイド作品を探し、別の人はコミッションを依頼しています。

中には、公式グッズがなくてもファンでいることはできるという考え方もあり、「グッズを持っていることは、ファンであるための条件ではない」と考える人もいました。

人気作品なら、グッズもイベントも豊富です。しかし、サービスが終了したゲームのキャラクターや、ほとんど商品化されないキャラクターを好きになった場合、公式から提供されるものには限界があります。

それでも、そのキャラクターを好きでいることはできる。

海外のファンたちは、手に入らないものを待つだけではなく、自分で作ったり、ファンアートを描いたり、コミッションを依頼したりしながら、それぞれの方法で「推す」ことを続けています。

「推し活=大量消費」ではない

ここまで見ると、日本の推し活を「推しのグッズを大量に買う文化」とだけ捉えるのは少し違うことが分かります。

もちろん、消費は重要な要素です。

消費者庁も、推し活について、有名人やアニメ・ゲームなどのキャラクターを応援する活動にお金を使う消費の一つとして取り上げています。

一方、ジェイアール東日本企画(通称:jeki)が2025年末から2026年初めに実施した調査では、「推し」がいる人の76.0%が、推し活を「一つの趣味として、無理せず楽しみたい」と回答しました。

また、推しがいる人の58.9%は、過去3年間に何らかの新しいことへ挑戦しています。推しがいない人では26.6%でした。

語学や資格、創作など、推しをきっかけに自分自身の行動を変えた人もいます。

「推しのために買う」という関係だけではなく、「推しを見て、自分も何か始める」という関わり方まで含まれているわけです。

日本では「好き」を表現する方法が目につきやすい

ここまでの反応を追っていくと、日本の推し活が海外から独特に見える理由も少し分かってきます。

海外にも熱心なファンはいます。

推しを学校へ持っていく人もいれば、ファンアートを描く人もいる。ライブへ通い、特定のメンバーを応援し、ファン同士で交流する人もいます。

違いは、そうした行動が日本では「推し活」という言葉でまとめて語られやすいことです。

さらに、その「好き」を表現する方法が街や日常の中で目につきます。

痛バッグを持って歩く。推しの誕生日を祝う。コラボイベントへ行く。ライブへ足を運ぶ。応援広告を出す。

ジェイアール東日本企画の2024年調査でも、SNSで推しの情報を確認する、動画や作品を見る、ライブや舞台へ行く、グッズを購入するといった活動に加え、誕生日や記念日を祝う、グッズを持ち歩く、ファン同士で集まるといった行動が確認されています。

個々の行動だけを見れば、海外にも似たものがあります。

ただ、日本ではそれらが「推し活」という言葉の中で語られ、その言葉とともに商品やイベントなども「推し活」の一部として捉えられるようになっている。

海外ファンが日本を訪れたときに目にするのは、単に熱心なファンが多いという光景ではありません。

「好きなものを応援する」という行為が、街や日常の中で目に入りやすくなっていることなのです。

日本の推し活を見て、海外ファンも自分たちの文化を考える

日本で見かける痛バッグを海外でも作る人がいる。推しのぬいぐるみを学校へ連れて行く人もいる。公式グッズがなければ、自分で作る人もいる。

一方、日本へ来たファンが驚くのは、そうした「好き」が痛バッグやライブ、グッズ、イベントなどを通して、かなり分かりやすい形で目に入ってくることです。

少なくとも今回見てきた海外ファンの反応を見る限り、日本だけにしかない特別なファン心理があるとは言い切れません。

むしろ、海外のファンにも日本の「推し活」と重なる感覚は確かにあります。

日本では「推し」という言葉が広がったことで、好きな対象との関わり方を説明しやすくなった。そして、その言葉とともに、さまざまな商品やイベント、ファン活動が「推し活」の一部として語られるようになった。

だから海外のファンには、日本の推し活が一つのまとまった文化として見える。

日本の「推し活」が海外から興味深く見えるのは、ファンの気持ちが特別だからではなく、その「好き」を表すための言葉や方法が、これほど分かりやすく存在しているからなのかもしれませんね。

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