海外「永遠に生きるのなんて嫌だ」不老不死を望まない人たちの理由が意外とリアルだった

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映画やアニメでは、「不老不死」や「永遠の命」がたびたび登場します。

老いることもなく、死ぬこともなく、好きなだけ世界を見ていられる。

そう考えると、なんだか夢のような話にも聞こえますよね。

ところが海外掲示板Redditでは、そんな不老不死に対して「いや、永遠に生きるなんて嫌なんだけど。どうしてそんなものを欲しがるの?」という疑問が投げかけられました。

そこから、「じゃあ自分だったら永遠に生きたい?」という話が盛り上がっていったようです。

コメントを読んでいて面白いのは、「死にたくないから永遠に生きたい」という人と、「長生きなんてしたくない」という人の単純な二択ではなかったこと。

「永遠はいらない。でも、できるだけ長く生きたい」

そんな、一見するとちょっと矛盾しているような意見も出ていました。

そして、この話題を象徴するようなコメントとして注目を集めていたのが、76歳だというユーザーの短いひと言です。

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「永遠に生きたい」と「まだ生きていたい」は、ちょっと違う?

スレッドで多くの反応を集めていたのが、76歳のユーザーによるこちらのコメントです。

「いや。でも俺は76歳で、まだ死にたくはないよ」(by sportgeekz)

不老不死になりたいかと聞かれれば「No」。

でも、だからといって「じゃあ今すぐ人生を終わらせたい」というわけでもありません。

考えてみれば、これはごく自然な感覚なのかもしれません。

「永遠に生きたい」と言われると、何百年、何千年という途方もない時間を想像してしまいます。

でも、「もう少し生きたい」という気持ちは、それとは少し違います。

今日を過ごして、明日も過ごして、その先にもまだ見たいものがある。

不老不死を望まないことと、今の人生を大切に思うことは、別に矛盾していないんですよね。

このコメントには300以上の賛成票が付き、短いながらも多くの人の共感を集めていました。

海外掲示板で始まった「不老不死なんて本当に欲しい?」という話

話題の投稿

不老不死なんて恐ろしい/嫌だ。なぜみんなそれを望むの?

翻訳元:Immortality sounds awful. How do people even want that?
(現在、スレッドは見れますが投稿主がアカウントを削除したためタイトル等は削除されています。)

海外のネットの反応

「永遠に生きたい」という人たちのコメントを見てみると、単純に「死にたくないから」というだけでもないようです。

ずっと働かなくてもいいなら、生き続けたい。

見るべきもの、学ぶべきもの、経験すべきことがまだたくさんある。

何世紀も経ったら、自分の人生がどう変わっていくのか見てみたい。

恐竜のような、もう存在しない生き物を実際に見てみたい。

人類がもっと良い方向へ進んでいくところを見届けたい。

こうした意見を眺めていると、「永遠に生きたい」という願望には、単純な長寿への欲だけではなく、未来への好奇心も含まれているようです。

何千年も生きられるなら、現在の私たちには想像もできない世界を見ることができます。

科学技術がどう進歩するのか。

人類の暮らしがどう変わるのか。

今は存在しないものが、未来には当たり前になっているかもしれません。

そう考えると、「未来を見てみたいから不老不死になりたい」という気持ちも分からなくはありません。

一方で、不老不死に否定的な人たちからは、かなり現実的な心配が出ていました。

自分だけが生き続ければ、家族や友人との別れを何度も経験することになる。

何十年という人間関係を、何百年という時間の中でどう維持するのか。

年を取らないとしても、生活するためのお金や仕事はどうするのか。

そもそも「永遠」という時間を、本当に自分は望んでいるのか。

不老不死という言葉から想像する世界は、人によってずいぶん違っているようです。

「永遠に生きたい人」ばかりではない?

ここまでRedditのコメントを見てきましたが、こうした「長生きしたくない」という感覚は、海外掲示板だけのものでもないようです。

2013年、Pew Research Centerがアメリカで行った調査(Living to 120 and Beyond)では、「老化を遅らせて120歳以上まで生きられる治療があったら受けたいか」と質問しています。

その結果、56%が「受けたくない」と回答しました。「受けたい」は38%でした。

もちろん、「120歳まで生きること」と「永遠に生きること」は別の話です。

それでも、「もっと長く生きられるなら、誰もが喜んで受け入れる」というわけではないことは分かります。

さらに、50歳以上では「受けたい」と答えた人が34%で、50歳未満の42%より低くなっていました。

そして、長生きについて考えるときには、もう一つ「寿命」と「健康寿命」の違いもあります。

WHOによると、世界の平均寿命は2000年の66.8歳から2019年には73.1歳へ延びました。一方、健康寿命は58.1歳から63.5歳へと伸びています。

つまり、単純に「何年生きられるか」だけではなく、**「どれくらい元気に過ごせるか」**も大切だということです。

そう考えると、「何歳まで生きたい?」という質問より、

「何歳まで、元気に好きなことをしていたい?」

と聞かれたほうが、答えが変わる人もいるのかもしれません。

Redditで出ていた「永遠はいらない。でも、まだ長く生きたい」という意見も、こう考えると少し分かりやすくなります。

「永遠に生きたい」には、3つくらいの考え方がある?

コメントを眺めていると、個人的には大きく3つくらいの考え方に分けられるように感じました。

ひとつは、「できることなら永遠に生きたい」という人たち

未来を見たい、もっと経験したい、まだ知らないことを知りたい。

不老不死を、未知の世界へ行くための時間が無限に与えられるものとして考えています。

もうひとつは、「永遠はいらないけれど、できるだけ長く生きたい」という人たち

こちらは不老不死そのものより、「今ある楽しみを長く続けたい」という考え方です。

そして最後が、「人生には終わりがあるからこそ意味がある」という人たち

この3つを並べてみると、実は「不老不死になりたいか」という質問だけでは、人が寿命についてどう考えているのかは分からないのかもしれません。

「永遠」と「長生き」は似ているようで、かなり違います。

「永遠じゃないからこそ、人生には価値がある」

今回のコメントの中には、

「人生が永遠ではないからこそ、人生には意味がある」

という意見もありました。

シンプルな言葉ですが、考えてみると結構深いものがあります。

もし時間が無限にあるとしたら、今日やらなければならないことは、今日やる必要がなくなります。

今年しか見られない景色でも、10年後に行けばいい。

会いたい人がいても、100年後に会えばいい。

勉強したいことがあっても、1000年後でいい。

そうなると、今という時間を大切にする理由も少し変わってきそうです。

もちろん、実際の不老不死がそんな単純なものになるとは限りません。

それでも、「限りがあるからこそ、今を大切にできる」という考え方は理解しやすいものです。

私たちは普段、時間がなくなっていくからこそ予定を決めます。

今日しかできないことなら今日やる。

今しか会えない人なら、今会っておく。

いつでもできると思っていることほど、後回しにしてしまう。

もし本当に「いつでもできる」状態になったら、今という時間の価値はどう変わるのでしょうか。

不老不死について考えていると、そんなところまで話が広がっていきます。

「永遠はいらない。でも、長く生きたい」という人たち

一方で、不老不死そのものには否定的でも、長生きすることには前向きな人もいました。

あるユーザーは、

「永遠に生きたいわけじゃない。でも、自分の好きなことがまだ続いているなら、かなり長く生きていたい」

という趣旨のコメントをしています。

これも、かなり自然な考え方ではないでしょうか。

「1000年後まで生きたい」と言われると、ちょっと想像がつきません。

でも、

「今が楽しいなら、もう少し続けたい」

と言われれば、なんとなく分かる気がします。

好きなことをしている時間。

家族や友人と過ごす時間。

まだ行ったことのない場所へ行く時間。

そうしたものが続くのであれば、「もう少し長く生きたい」と思うのは不思議ではありません。

つまり、「長生きしたい」という願いと「永遠に生きたい」という願いは、必ずしも同じではないわけです。

前者は「今をもっと続けたい」という気持ちに近く、後者は「未来そのものを見続けたい」という気持ちに近いのかもしれません。

不老不死で気になるのは「自分の寿命」だけではない

不老不死について語るとき、どうしても「自分が何年生きられるか」に目が向きます。

でも、コメントを読んでいると、それだけではありません。

むしろ多くの人が気にしていたのが、

「周りの人はどうなるのか」

という部分でした。

自分だけが年を取らなくなったとしても、家族や友人まで同じように生き続けられるとは限りません。

何百年という時間を想像すると、「世界をもっと見てみたい」という楽しみと、「大切な人との関係はどうなるのだろう」という不安が同時に出てきます。

不老不死を「自分が死なない能力」と考えると、かなり魅力的に見えます。

ところが、「自分だけが死なない状態」と考えてみると、途端に話が変わってきます。

もし家族も友人も同じように年を取らず、一緒に何百年も生きられるなら、答えは変わるかもしれません。

逆に、自分だけが残されるのだとしたら、永遠の命はずいぶん違ったものに見えてきます。

結局のところ、不老不死の魅力は「何年生きられるか」だけでは決まらないのかもしれません。

誰とその時間を過ごせるのか。

そこも大きな問題になりそうです。

「何百年後の世界を見たい」という好奇心

不老不死を望むコメントの中には、未来への好奇心から生き続けたいというものもありました。

個人的には、ここがかなり面白いところです。

100年前の人が、現在のスマートフォンやインターネットを見たら、どんな反応をするでしょうか。

おそらく、かなり驚くはずです。

同じように、今を生きている私たちにも100年後の世界はなかなか想像できません。

まして1000年後ともなれば、現在の常識そのものが残っているのかどうかも分かりません。

どんな乗り物が走っているのか。

人間の暮らしはどうなっているのか。

今では治せない病気がどうなっているのか。

宇宙へどこまで行けるようになっているのか。

そんな未来を実際に見られるのなら、確かに「もっと生きてみたい」と思う人がいるのも分かります。

これは「死にたくない」という気持ちとは少し違います。

まだ知らない世界を見てみたい。

そういう好奇心です。

もし「永遠」ではなく「500年」なら?

ここまで考えてみると、面白いのが「永遠」という言葉です。

「永遠に生きたいですか?」と聞かれると、かなり身構えてしまいます。

でも、

「500年だけ生きられるなら?」

と聞かれたら、少し考え方が変わる人もいるのではないでしょうか。

100年ならどうでしょう。

200年なら?

あるいは、1000年なら?

こうして区切って考えてみると、「永遠に生きたいか」という質問の中には、実はいくつもの別の問いが含まれていることに気づきます。

どれくらい長く生きたいのか。

何をして過ごしたいのか。

誰と一緒にいたいのか。

未来を見たいのか。

それとも、今の生活をもっと長く続けたいのか。

不老不死という言葉はひとつですが、その中身は人によってかなり違うようです。

76歳の「まだ死にたくない」が妙に印象に残る理由

そう考えると、最初に紹介した76歳のユーザーのコメントが、あらためて印象に残ります。

「不老不死になりたい」とは言わない。

でも、「まだ死にたくはない」と言う。

この短い言葉には、「永遠」と「今」の違いがそのまま表れているように思えます。

何百年も生きたいわけではない。

でも、今の人生にはまだ続いてほしい。

それは若い人でも、年齢を重ねた人でも、きっと理解できる感覚なのではないでしょうか。

人生をどこまでも延ばしたいわけではなくても、楽しい時間や大切な時間が終わるのは惜しい。

だから「永遠はいらない。でも、もう少し長く」という答えになる。

不老不死という極端なテーマを通して、意外と身近な感情が見えてきます。

「永遠」より「今」が気になる

今回のコメントを眺めていて面白かったのは、不老不死について話していたはずなのに、いつの間にか「どんな人生を送りたいのか」という話になっていたことです。

永遠に生きたい人もいます。

未来を見たい人もいます。

そこまで長くは生きたくない人もいます。

でも、「今の生活が楽しいなら、できるだけ長く続いてほしい」と考える人もいる。

そして、76歳のユーザーの「不老不死は望まない。でも、まだ死にたくはない」という言葉が、その間にある感覚をうまく表していました。

「人生は永遠ではないからこそ意味がある」という意見も、反対側から見ると同じ問題について考えているように思えます。

結局のところ、「長く生きたい」と「永遠に生きたい」は、似ているようでかなり違うのかもしれません。

永遠という言葉を聞くと、つい何百年、何千年という途方もない未来を想像してしまいます。

でも、実際に私たちが惜しいと思うのは、そんな遠い未来ではなく、もっと身近な時間なのではないでしょうか。

明日も好きなことをしたい。

もう少し家族と一緒にいたい。

まだ見たことのない場所へ行ってみたい。

知らないことをもっと知りたい。

そう考えると、「不老不死なんていらない。でも、できるだけ長く生きたい」という意見は、案外自然なものに思えてきます。

もし老いることもなく、寿命も自由に決められるとしたら、自分なら何年くらい生きたいでしょうか。

100年なのか、500年なのか、それとも永遠なのか。

そして、もし家族や友人も同じように生きられるとしたら、答えは変わるでしょうか。

不老不死について考えているうちに、「あと何年生きたいのか」よりも、限りのある今の時間をどう過ごしたいのかのほうが気になってくる。

そんなところが、この話題の面白さなのかもしれません。

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翻訳元:Immortality sounds awful. How do people even want that?

参考・参照元:Living to 120 and Beyond

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